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結局あの戦争は何だったのか
ー日本から見たWW2ー

 

目次

はじめに

第二次世界大戦 -アメリカはなぜ参戦したのか-」を読んで下さった方の中には、「で、結局、あの戦争のことはどう考えたらいいの?」とモヤモヤしている方がいると思う。

私の基本的な理解は、日中戦争と第二次世界大戦はまったく別物だ、というものである。

倫理的な観点からいうなら、日本は中国に侵略した点では「悪」であり、中国に対してはいくら謝罪しても足りない。

しかし、アメリカとの関係は違う。

説明しよう。

侵略戦争、ライバル間戦争、覇権戦争

便宜的に、近代国家を主体とする国際戦争を次の三種類に分けて考えてみたい。

  1. 侵略戦争:領土や植民地、勢力圏を拡大するための戦争
  2. ライバル間戦争:国家同士がその勢力を争うために起こす戦争
  3. 覇権戦争:ある国が世界を制覇するために起こす戦争  
ロシア(ソ連)を入れるとややこしくなるので今回は除きます。すみません。
大衆識字化と工業化については、トッド「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」上253頁を参照。

①侵略戦争

上図の6カ国は、みな海外膨張の時期を経験しており、征服または反乱鎮圧のための戦争を幾度も戦っている。

名前を問わず、ある程度以上の武力の行使を伴う案件を列挙するとこんな感じになる(↓)。

*網羅的ではありません 

ここでは、以下の点を確認していただくと見通しがよくなると思う。

  • イギリスフランスの海外進出の歴史がとにかく長いこと、
  • 統一が遅れたドイツ、統一も工業化も遅れたイタリアは後から膨張を始め、西欧列強によるアフリカ分割にも遅れて参加していること、
  • アメリカ日本が同時期にそれぞれ自国周辺での勢力拡大を行っていること、
  • 中国にはすべての国が進出していること。

日本は、明治維新を経て、欧米列強と肩を並べる強い国になりたいという願望のもと、数多くの侵略戦争を戦った。日中戦争もその一つである。

この意味での侵略戦争は、近代化の過程を先行した国がその分の優位を利用して後行の国を利用・支配する行為であり、倫理的に正当化の余地はない。これは「はじめに」で述べたとおりである。

②ライバル間戦争

ライバル間戦争は、比較的対等な関係にある国同士が勢力争いの過程で行う戦争を指す。

英蘭戦争(1652、1665、1672)、英仏植民地戦争(17世紀末-19世紀初頭)、米英戦争(1812)、普仏戦争(1870)、日露戦争(1904)などが典型である。

多数の国が関わった七年戦争、第一次世界大戦も、基本的には勢力争い(競争)のための戦争であり、「ライバル間戦争」といってよいと思う。

③覇権戦争

覇権戦争は、世界を征服して大帝国を築くという壮大な企てのための戦争である。そうしょっちゅうは起こらない。

例えば、イギリス(大英帝国)は、早期の海外進出の結果、金融・通商における世界の覇権を担ったが、覇権戦争によってこれを得たわけではない。

*ただし、初期に覇権を確立したという事実のために、その後に起こる覇権戦争ではたいてい敵役を務めることになった。

近代以降の覇権戦争として思い浮かぶのは、まずはナポレオン戦争

La bataille d’Austerlitz. 2 decembre 1805 (François Gérard)

次は、世界の「新秩序」を目指したヒトラー率いるドイツの戦いである(第二次世界大戦・ヨーロッパ戦線))。

そして、「第二次世界大戦 -アメリカはなぜ参戦したのか-」での検討を経て、私は、アメリカ参戦後のWW2はアメリカを主体とする覇権戦争だったと考えるようになった。

第二次世界大戦の整理・整頓

「結局あの戦争は何だったのか?」をクリアに理解するためには、参加主体毎に区別して整理・整頓を行うのがよいと思う。

(1)ドイツにとっては覇権戦争だった

WW2(ヨーロッパ戦線)は、ドイツを主体としてみた場合には純然たる覇権戦争である。

*これをくい止めるために戦った英仏露にとっては、国家ないし国土防衛戦争である。

ちなみに、ドイツにとって、WW1は覇権戦争ではなかった。もちろんドイツは勢力拡大を目指していたが、その行動様式に他国と大きな違いがあったわけではない。

*英仏に対してドイツが少し出遅れていたために「現状維持を望む英仏 VS 攻撃的なドイツ」という構図になってしまっただけである。

WW1におけるドイツと英仏の戦いは「ライバル間戦争」に過ぎなかったのだが、あたかもドイツによる覇権戦争のように扱われ、敗北したドイツに過大な責任が押し付けられた。

*このことは戦後処理にもよく現れている。WW1のドイツは交渉により和平に応じたのであり、無条件降伏をしたわけではなかった。にもかかわらず、敗戦後の交渉のテーブルにつけず、「戦争の責任は専らドイツとその同盟国にある」(条約231条)と勝手に決められて巨額の賠償を課せられた。

このときの心の傷が、ドイツをこじらせ、今度は本物の覇権戦争に向かわせる大きな要因となったのである。

(2)日米は「ライバル間戦争」を戦えば十分だった

日本は1937年から日中戦争を戦っていた。日中戦争はすでに述べたように侵略戦争であり、同じく中国に関心を持っていた欧米諸国から見ると日本はライバルだった。

「八紘一宇」とか「大東亜共栄圏」などと威勢のよいことを言ってはいたが、その実態は、限定的な地域における地域覇権の構想にすぎず、アメリカによる中南米・太平洋地域の植民地化と何ら異なるものではなかったのだ。

*文化が異なるから支配の仕方はもちろん異なるが、日本のやり方が際立って悪質だったということはないと思う。

日本の構想は、アメリカの利益には反していた。アメリカは中国を開放市場としてキープしたかったし、日本には(石油などを通じた)「アメリカ依存」から脱却してほしくなかった。

なので、日本がどうしても「大東亜共栄圏」を実現するつもりなら、どこかの時点でアメリカと戦うことは避けられなかったかもしれない。

*とはいえ、日本は石油も軍需品もアメリカに依存しており、戦って勝てないことは当時の指導者も分かっていた。交渉の余地はいくらでもあったのだ。

しかし、その場合に起こる戦争は、せいぜい「ライバル間戦争」であるはずだった。

当時の両国における総合的な軍事力(経済含む)の差を考えれば「日米戦争」はごく短期間で終わったはずで、負けた日本がいろいろ譲り、「依存」脱却は将来に期する、ということになったはずである。

310万人もの死者(日本人)を出す必要なんて全くなかったのだ。

(3)最終的にWW2はアメリカの覇権戦争となった

それにもかかわらず、日本がWW2に引っぱり込まれ、ヒトラーのドイツと一緒くたにされて「総力戦」を戦う羽目に陥ったのは、アメリカがWW2への参戦を世界の覇権を取るチャンスとみなしたからである。

 *詳細はこちらをご覧ください。

日本はそのとばっちりを食った格好だ。

(4)イタリアも「とばっちり」

WW2におけるイタリアと日本の立ち位置はかなり似ている。

イタリアも、直前にアルバニアを保護国化したり、エチオピアに侵攻したりしたことを咎められ、ついでにドイツと提携関係を結んだことで「覇権戦争」の主体に祭り上げられたのだが、イタリアが戦っていたのは覇権戦争ではない。侵略戦争であり、ライバル間戦争だ。

欧米列強から見れば「ライバル」だから開戦はしても、適当なところで交渉して終わらせれば十分で、無条件降伏を要求されるいわれなど全くなかった。

このときの日本やイタリアは、せいぜいWW1のときのドイツである。勢力拡大は願っていたが、世界征服なんて想像もしなかったのだ

*ドイツと日本・イタリアの時差は大衆識字化の時期で説明できると思う。ドイツは工業化の開始こそイギリスに遅れたが、識字率上昇による地力の蓄積があったので、非常に早期にキャッチアップできたのだ。

なぜWW2が「自由と民主主義のための戦争」になったのか

そういうわけで、WW2は、全体として見ると、ドイツの覇権戦争として始まり、アメリカの覇権戦争として終わった。

それがどうして、「ファシズム陣営 VS 自由主義陣営の戦い」「自由と民主主義のための戦争」と整理されることになったのか。

答えは簡単で、アメリカが(参戦し覇権戦争として総力戦を戦うための)口実を必要としたからだ。

(1)英仏の開戦理由はイデオロギーではない

1939年9月、ドイツと英仏の間で戦争が始まったとき、その戦いはイデオロギーを守るための戦いではなかった。

ヒトラーが政権についた1933年1月以降、ドイツはジュネーヴ軍縮会議・国際連盟脱退(1933年10月)、徴兵制復活(35年)、非武装地帯とされたラインラントへの進駐と、WW1後のヴェルサイユ条約を反故にするような動きを着々と進めたが、ヨーロッパ諸国は(文句を言いながらも)許容した。

1938年3月のオーストリア併合には抗議すらなく、ドイツがチェコスロバキアにズデーテン地方の割譲を要求したときも、英・仏・伊・独の4カ国(チェコ抜き!)の話し合いで割譲を認めている(ミュンヘン会談)。

*ドイツとオーストリアの「合邦」は「民族自決」というヴェルサイユ条約の基本理念に基づく「ドイツ民族の自決」の行為として行われ、現にほとんどのオーストリア人はこれを歓迎していたというから、ドイツの勢力が大きくなりすぎることを嫌う勢力にとって要警戒であったとしても、倫理的には問題のない行動だったかもしれない。

こうした首脳たちの姿勢が、「自由と民主主義」の国民に非難を浴びたかといえばそんなこともない。

ミュンヘン会談で「宥和外交」を主導したイギリス首相チェンバレンは「ヨーロッパの平和を守った」として国民の大歓迎を受けて帰国したのだ(坂井栄八郎『ドイツ史10講』194頁)。

英仏がようやく戦争の準備を始めたのは、ドイツがミュンヘン会談のラインを踏み越えてチェコスロバキアに侵攻・保護国化した後であり(1939年3月)、宣戦布告をしたのは、ドイツがポーランドに侵攻した後である(9月)。

ドイツの拡大方針が予想以上に「本気」であり、フランス、オランダ、ヨーロッパ全土がその支配下に置かれる危険性があると見てとって、初めて英仏は戦争に踏み切ったのだ。

英仏、そして後に対独戦争の中心となったソ連にとっては、第二次世界大戦は純粋に「国土防衛のための戦争」であり、それ以上でもそれ以下でもない。

(2)「自由と民主主義のための戦争」へ

この戦争が急速に「自由と民主主義のための戦争」の様相を見せるのは、アメリカが参戦に向けた世論形成に動き始めてからである。

1941年1月、フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領(以下FDR)は「4つの自由」演説(一般教書演説)を行い、来るべきアメリカの参戦は独裁者から人類の自由を守るための戦いであると位置付けた。

以後、FDRは類似の言説を繰り返し、チャーチルとも協力して、第二次世界大戦を「自由 VS 専制」の戦いに仕立て直す。

そうして国民世論をまとめ上げ、同年12月、日本の真珠湾攻撃を機に参戦するのだ。

この戦いが通商による世界帝国を完成させるための覇権戦争であることを隠すためには、天皇はヒトラーと同様の独裁者でなければならず、日本はドイツと同様の軍国主義国家でなければならなかった。

しかし、事実は違う。天皇はヒトラーとは全く異なる穏健な君主だった。満州事変以降、ナショナリズムは高揚し思想・言論の取締りも強化されたが、それは日本だけのことではない。

*WW1中のアメリカは戦時広報委員会を作って激しい戦争プロパガンダを展開するとともに、戦争批判を含む言論の取締りを行なった。大学は戦争批判を行なった教員を解雇し、国は戦時防諜法(スパイ活動法とも)・戦時騒擾法違反などの容疑で戦争批判者を逮捕・起訴した(こうした法律は廃止されずに残っていて多分現在も使われている)。人種差別的排外主義も顕著であり、1924年移民制限法は「帰化不能外国人」として事実上日本人の移民を禁止し、WW2への参戦後は苛烈な日系人収容政策をとった。

日本で軍部の権力がいよいよ強大になり、言論や報道の統制が厳しくなり、狂気じみた戦い方が見られるようになったのは、対米開戦後。つまり、絶対に勝てないと分かっている強大な敵に向かっていかなければならない状況に追い込まれた後のことなのだ。

ロシア・ウクライナは「あの時の日本」(おわりに)

改めて整理してみて思った。

WW2に引きずり込まれた日本は、ほぼ、ウクライナ戦争に引きずり込まれたロシアなんだ。

バイデン大統領はロシアの特別軍事作戦が始まったその日の演説で、ロシアの侵攻を”unprovoked and unjustified attack”と述べて非難した。

*一般的な訳語では「いわれのない不当な攻撃」だが、より直訳的には「挑発なしに行われた、正当化できない攻撃」。

準備万端整えた上でさんざん挑発し、相手が攻撃を仕掛けてくれば即座に「unprovoked」と決めつけて対抗措置に出る。

*この件について詳細は「よくわかるウクライナ危機」、「なぜロシアはいま戦争を始めたのか(翻訳・紹介)」等をご覧ください。

これはFDRがWW2で用いたのと全く同じやり方だ。

FDRは、日本が思惑通り攻撃を仕掛けてきた翌日、真珠湾攻撃を”unprovoked and dastardly attack”として議会に宣戦布告を求め、ほぼ満場一致で参戦を果たすのだ。

*dastardlyは「卑怯な」。なお決議では初の女性議員であるジャネット・ランキンのみが反対票を投じた。

そして、日本はウクライナである。

WW2(太平洋戦争)における日本は、アメリカの目論見のために、およそ対抗できるはずのない強大な敵(アメリカ)に対峙させられ、3年半もの間、愛国心だけを頼りに戦い続けた。現在のウクライナが、強国ロシアとの戦いを強いられ、愛国心を掻き立てているのと全く同様に。

もちろん、日本は真珠湾攻撃をしないことができたし、ロシアはウクライナに侵攻しないことができた。しかし、その選択は、日本の場合には、無抵抗のままアメリカの属国となるという選択だったし、ロシアの場合には、NATOの不当な威嚇に屈し、ウクライナ東部のロシア系住民を見殺しにするという選択だった。

そういうわけなので、私は当時の日本を愚かとは思わないし、現在のロシアを愚かとは思わないが、当時の日本を愚かという人たちは、現在のロシアを愚かというのだろう。

「なるほどねー」と、
私は非常に合点がいったのだ。

付・終わらない戦争ーもう一つの共通点ー

本文からはみ出てしまったが、世界平和のために重要なことだと思うので書く。

現在のロシア・ウクライナと「あの時の日本」の共通点はもう一つあって、それは、アメリカの法外な要求のせいで、戦争を終わらせることができないという点である。

確かなことは知らないが、アメリカは東部を含むウクライナ全土の返還を条件にしているとか、ロシアの政権交代(レジーム・チェンジ)を狙っているとかいう。どっちも無茶な要求だ。

しかし、その前例もWW2にある。

歴史の教科書には、イタリア、ドイツは「無条件降伏をした」、日本は「軍の無条件降伏を勧告するポツダム宣言を受諾した」等とされている。もちろんその記載は誤りではない。

*日本の降伏は厳密には無条件降伏ではないという議論があるようで(例えばこちら)、確かに手元の日本史・世界史教科書はどちらも日本については「無条件降伏をした」とは書いていない。しかし、私の議論の文脈ではこの点は重要ではないので、とりあえず一緒くたに「無条件降伏をした」という言い方をさせてもらう。

しかし、教科書には、なぜ無条件降伏をしなければならなかったのかということは書いてなくて、これはアンフェアだと思う。

イタリア、ドイツ、日本が無条件降伏をしたのは、1943年1月のカサブランカ会談(チャーチルとFDR)で、両者が(FDRの主導で)「全ての敵に無条件降伏を強いる」と決めてしまったからだ。

何をされても文句を言えないという条件の下では、早期の降伏は考えられない。「無条件降伏」の決定は、とくにイタリアと日本には明らかに不必要な過剰な要求で、そのために戦争が長引き、その分だけ(敵味方を問わず)大勢の人間が死んだ。

WW2を経験した日本が提起できる最大の教訓は、経済制裁は戦争の導火線である(または「戦争そのものである」)ということと、停戦に高い条件を課してはいけないということの2点だと思うが、どっちも全く生かされていない。

 

 

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社会のしくみ

ナチズムが生まれる場所

はじめに

現在の世界には「ネオナチ」という日本語では甘っちょろく感じられるほどの本物のナチズムが繁茂している場所が(私の知る限り)2箇所ある。一つはイスラエル、もう一つはウクライナ西部だ。

*以下「ナチズム」は民族などの属性に基づいて特定の対象を激しく差別・迫害することを指します。

両者はどちらも原初的核家族である。アメリカやイギリス(原初的核家族または絶対核家族)が黙認している点も共通。

「むむ‥何かある」とにらんで考察を進めた結果、壮大な(?)仮説を得たのでご紹介させていただく。

仮説

ナチズムがもっとも発生しやすい場所は、共同体家族地域に対峙する原初的核家族地域である。

(1)世界に残る原初的核家族地域

説明しよう。

原初的核家族とは、ざっくりいうと、国家以前の原初的人類(移動生活の狩猟採集民とか遊牧民とか)の家族のあり方である。

人間は群れで生活する生物なので、基本仕様として集団を作る能力は持っているのだが、多数の集団を束ね、国家を作る段になると、基本仕様だけでは足りなくなる。そのときに家族システムが進化するのだ。

直系家族、共同体家族が備えている「権威」。それは、世代と世代を縦の線でつなぐことで生まれるものだが、この「権威」の軸が、国家のまとまり(凝集力)、秩序(規律)を成り立たせる基礎となる。

 *権威の機能については、この記事この記事をご覧ください。

いまは、全世界のすべての土地に国境が引かれ、いずれかの国に属することになっている。しかし、歴史的には、文明の中心地で国が生まれ、帝国に発展し、周辺の国家形成を促したりした後も、国家に属しているのかいないのかよく分からない土地がそこここに広がりまたは点在していた。そういう時代が長かったのだと思う。

そういう地域は、19世紀以降(なのか?)、どこかの国に領土として編入されたり、20世紀後半になると独立国となったりしたが、家族システムは原初的核家族のままであるケースが少なくない。国の成り立ちは特殊だがイスラエルはそうだし、ウクライナ(東部以外)もそうである。東南アジアの多くの国もそうだ。

そういう国は、国でありながら、自然な国家のまとまりを生む「権威」の軸を持っていない。放っておかれれば国家など形成しなかったはずの人たちで、メンタリティは原初的人類のままなのだ。

(2)原初的人類とは?

原初的人類のままであるとはどういうことか。これはもちろん私の考えだけど、こういうことだと思う。

「家族のためには戦えるが、国家のためには戦えない」

つまり、国民としてのアイデンティティが希薄なのである。

戦争を前提にした書き方をしたけれど、このメンタリティは国家運営全般に当てはまる。言い方を変えてみよう。

「家族には尽くせるが、国家には尽くせない」

しかし、主権国家を基本単位とする現代の世界では、彼らも国家として成り立ってゆかなければならない。国民としてのアイデンティティを確立し、一つにまとまっていかなければならない。

凝集力の核を持たない人々が、一つにまとまらなければならなくなったとき、通常発生するものは差別である。

何か特定の対象(A)を排除すれば、残りの人たちは「私たちは〔Aではないという点で〕同じ」という一体感を得られるからだ。

*例えば、原初的核家族の国家、アメリカの成立には先住民・黒人差別が大きな役割を果たしていることが指摘されている

では、その原初的核家族地域の隣に、非常に強力な共同体家族の国家があったらどうだろう。

国民としてのアイデンティティが希薄な人々が、単に一つにまとまるだけでなく、強烈な国家的アイデンティティを誇る帝国と渡り合っていかなければならないとしたら、どうだろう。

その状況で発生するのがナチズムだ、というのが私の仮説である。

統合の軸を持たない彼らは、任意の対象をそれはそれはもう激しく嫌悪し排除することによって、自分たちをギューっと絞り上げ、凝集力を高めようとする。そうすることで、共同体家族に匹敵する強固なかたまりとなり、国家のために戦う力を得ようとするのである。

検証1ーイスラエルとウクライナ

イスラエルは、アラブ諸国に囲まれ、パレスチナと対峙している。アラブ諸国は文句なしの共同体家族であり、長く帝国の支配下にあったパレスチナ人もそうだろう。

原初的核家族であり、国家としての伝統も持たないイスラエルの民は、共同体家族のパレスチナやアラブ諸国と伍していくために必要な強力な国家意識を形成・保持するために、ナチズムー差別の対象はパレスチナ人・アラブ系住民ーを制度化することになっているのではないだろうか。

ウクライナが対峙しているのはもちろんロシアだ。ソ連が崩壊し、棚ぼた的に独立してはみたものの、ウクライナもまた原初的核家族であり、国家の伝統を持っていない。

東部にはロシア系住民がいてロシアとうまくやっていたけれど、西部はあまりうまくまとまれず、経済的にも苦しいままだった。

何とかしたい。ロシアの一部としてではなく、ウクライナとして、自分たちの国を立派に成り立たせ、名誉ある地位を得たい。

と、そういう状況で、ナチズムが生まれてしまったのではないだろうか。

検証2ーナチ型虐殺事例

原初的核家族と共同体家族の接点でナチズム的事態が発生した事例は他にもある。

例えば、カンボジア・ポルポト政権下でのクメールルージュによる民族浄化(被害者は150-200万人とか(wikiです))。クメールルージュは中国共産党の支援を受けた共産党政権であり、原初的核家族が共産主義国家を目指した(共同体家族と同等の凝集力を得ようとした)ことで発生した事態であったかもしれない。

 *虐殺の規模の大きさは、移行期危機と関係すると思われる。

インドネシア大虐殺では、主たる虐殺対象は共産党関係者だった(被害者は少なくとも50万-。200万以上という説もあるとか(倉沢愛子『インドネシア大虐殺』(中公新書、2020年))。

インドネシアでは共産党は合法で4大政党の一つとして大きな勢力を持っていた。インドネシアは大半が原初的核家族なのだが、一部に共同体家族の地域がある。共産党の隆盛はそのことと関係があるかもしれない。そして、彼らと対峙し、勝利するために、原初的核家族は、ナチズムに基づく虐殺を行うことになったのかもしれない。

検証3ードイツと日本

ナチズムの本場といえばドイツ。直系家族の地である。ナチズムについては、移行期危機脱キリスト教化が重なって起きた悲劇であると基本的に理解していたが、今回、共同体家族との対峙という側面もあるのかも、と考えるようになった。

ナチズムは、反ユダヤ主義として捉えられるのが一般的だが、少し調べてみると、第一次大戦の敗戦以後、ナチ運動が一貫して敵視していたのはむしろマルクス主義者だった。

1940年代初頭にドイツ支配下のヨーロッパで行われたことを考えると、ヴァイマル共和国最後の数年間、ナチの暴力の主な標的がユダヤ人ではなく共産党員と社会民主党員だったことは奇妙に思われるかもしれない。ユダヤ人はもちろんSA〔突撃隊〕に目をつけられたし、NSDAP〔国家社会主義ドイツ労働者党〕が攻撃的な人種差別を行う反ユダヤの党であることに疑いを抱く者はいなかっただろう。しかし、この時期のユダヤ人への攻撃は、ほとんどあとからの思いつきで、左翼の支持者を攻撃する際、目についたものに攻撃の矛先が向かっただけのように思われる。

リチャード・ベッセル著 大山晶訳『ナチスの戦争 1918-1949』(中公新書、2015年)41-42頁

これはナチスを支持したドイツ国民についても同じで、1930年代前半の段階では、NSDAPに投票した人々が明確に支持していたのは反マルクス主義の主張であって、反ユダヤについては「黙認」していたという感じだったという。

ヒトラーが闘争により勝ち取らなければならないと考えていたドイツ民族の「生存圏」は「第一にロシアとその周辺国家」だった(坂井栄八郎『ドイツ史10講』195頁)。

当時のドイツは、共産主義ロシアと対峙するために、ユダヤ人迫害を必要としたのかもしれない。

原初的核家族とは異なり、直系家族には権威の軸がある。しかし、それは本来は都市国家や領邦国家向けのものであり、国民国家を支えるにもやや弱く、帝国となれば「到底無理」という体のものなのだ。

その直系家族が大帝国建設という壮大な夢を見て共同体家族ロシアに対峙したとき、本来持ち得ないレベルの凝集力を得るために、ナチズムが発生してしまう、というのは、ありそうなことのように思われる。

同じことは日本についても言える。私は日本にナチズムが跋扈した時代があるとは考えていないが、民族浄化的な虐殺ということでは、関東大震災(1923年)のときの朝鮮人虐殺があり、日中戦争の南京事件(1937年)がある。

関東大震災のときには社会主義者も多く殺害されており、ロシア革命(1917年)の影響による共産主義拡大への警戒感が一つの要素として存在したことは間違いない。南京の虐殺は、簡単に勝てると思って仕掛けた戦争で中国側の思わぬ強靭さに接した後で起きた事件である。

おわりに

私が刑法学をやめ、今やっている方向の研究に乗り出した理由の一つに、ふと「自分が生きていて、社会科学の研究などしているときに、日本がまた大虐殺とかすることになったら嫌だなあ」と思った、ということがある。

その懸念は、高齢化と人口減少が続く以上はありそうにない、ということで一旦は収まったが、そうこうするうちに、ウクライナ危機が発生し、ウクライナ東部のロシア系住民に対してなされていたことを知り、イスラエルで起きていることを知った。

とくにイスラエルのことは全然よく知らないが、どちらも移行期危機とはいえないのではないかと思う。

いまは「○○になったら嫌だなあ」というようなことは基本的に考えない(考えても仕方ないので)。しかし、それがどういう現象なのかは理解したかった。

私の場合、理解するということは、その対象物を「憎まないで済む」ことを含む。感情的にならず、冷静に、ほどほどに暖かい目で観察できる、ということだ。

前回はアメリカについてそれができて、よかったな、と自分では思っていた。

この「ナチズムが生まれる場所」は「アメリカ II」の副産物なのだが、ナチズムすら憎まないで済むなんて、結構すごい達成ではなかろうか。

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戦時下日記

戦時下日記(4) 南米、メルケル、W杯

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12月4日(日)「陸自沖縄部隊 大規模化 台湾有事に備え」(中国新聞1面トップ)

日本が事実上アメリカの属国である‥というか、独自の軍事・外交政策を展開できる立場にないということは、国内外で普通に知られている。

私が外国人としてこのニュースに接したとしたら、「ああ、アメリカは台湾で何か仕掛ける計画で、日本にその準備をさせているんだな」と思うだろう。

そうなのか?

12月6日(火)アルゼンチンでクーデター?

アルゼンチン副大統領クリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル(Cristina Elisabet Fernández de Kirchner)に有罪判決

元大統領である夫の後を受けて大統領を2期務めた後の副大統領職。貧困層や若者に人気のある左派の政治家。今年(2022年)8月に汚職の罪で訴追され、9月に暗殺未遂に遭い、今日有罪判決+終身公職追放。

イムラン・カーンのケースに酷似。

12月7日(水)今度はペルー

今度はペルーで大統領罷免。

暗殺未遂こそないけれど、それ以外の事態の推移はパキスタンと瓜二つ。アメリカは即座に歓迎を表明している。

消化しきれないほど次々と事件が起きるのはワールドカップ開催中だからか?

(スポーツイベントにクーデターは付き物で、2014年のウクライナのクーデターもソチオリンピック開催中だった。)

ドイツではクーデターを計画したとされる25人が逮捕とか。
これが何を意味しているのか私にはまだよく分からない。

12月9日(金)メルケル発言

Die Zeit に載ったメルケル元首相のインタビューにプーチン大統領が反応。

メルケルは何と「ミンスク合意はウクライナの戦力を強化するための時間稼ぎだった」と言っているのだ(同趣旨の発言は先に12月1日のder Spiegelに載ったそう。私は読んでいません)。

 *ミンスク合意についてはこちらの「解説・資料編」をご覧ください。

プーチンの発言はこんな感じ。

正直、全く予想外だった。非常にがっかりしている。信頼はほとんどゼロになってしまった。どうやって、何を交渉すればいいのか。彼らと交渉など成り立つのか。守られる保証はどこにある?

https://twitter.com/AZgeopolitics/status/1601240676905078785

メルケルの発言に関しては、真意が伝わっていないという意見がある。

メルケルは真にドンバスとウクライナの関係修復を目指してミンスク合意に取り組んだが、結果的にうまくいかなかったので、取り繕うために(ドイツではメルケルへの風当たりはかなり強いらしい)、ドイツのズデーテン領有を認めた1938年のミュンヘン合意に関してチェンバレン英首相が使った「時間稼ぎだった」という言い訳を持ち出したのだ、と。

そうかもしれないけど、うかつだ。

その意見を聞いてからもう一度該当部分を読んでも、やっぱり「戦力強化のため」と言っていることは間違いなく、ロシア側から見ればプーチンのような捉え方にならざるを得ないと思う。

メルケルが信用できないなら、他に一体誰を信用したらいいのだろう?

12月10日(土)引き続きメルケル

しかし、そういえばトッドがメルケルをすごく批判していたことがあったのを思い出し、引っ張り出してみた。

まず2014年6月に出たインタビュー。ウクライナのクーデター(2014年2月)後の時期。

いつの日か、歴史家たちがシュレーダーからメルケルへの大転換に言及することになるでしょうか。

・・

現在の局面は、ドイツ外相シュタインマイアーのウクライナ訪問から始まりました。ウクライナの首都キエフにポーランド外相シコルスキーも姿を見せたということが、シュタインマイアーの任務がアグレッシブなものであったことの証です。

・・あのキエフ訪問がわれわれの目に明らかにしたのは、ドイツの新たなパワー外交であり、その中期的目標はたぶん、ウクライナ(統一されているか、分裂しているかは二義的な問題です)を安い労働力市場として、自らの経済的影響ゾーンに併合することです。2003年のシュレーダーならば、絶対にやらなかったであろうオペレーションです。

『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』(文春新書、2015)110−111頁

 こんなことも言っている。

公言されにくい真実をずばり言いましょう。今日、アメリカはドイツに対するコントロールを失ってしまって、そのことが露見しないようにウクライナでドイツに追随しているのです。

117頁

次は2014年8月。

ドイツから来る信号をキャッチしてみると、それはさまざまで、互いに矛盾している。

ときには、ドイツはむしろ平和主義的で、控えめで、協調路線をとっているように感じられる。ときには、それと真逆に、先頭に立ってロシアに対する異議申し立てと対決姿勢を引っ張っているように見える。

この強硬路線が日々力を増してきている。かつて、ドイツ外相のシュタインマイアーはキエフを訪れる際、フランス外相ファビウスやポーランド外相シコルスキーと一緒に行ったものだ。ところが、メルケルは今や単独で、新たな保護領ともいえるウクライナを訪問する。

ドイツが突出してきたのはこの対立においてだけではない。ここ6ヶ月間、最近の数週間も含めてのことだが、ウクライナの平原でロシアを相手にすでに潜在的紛争状態に入っているというのに、メルケルはヨーロッパ委員会の委員長に、元ルクセンブルク首相のジャン=クロード・ユンケルを据えた。ちょっと信じがたい不作法さをもって、強い反対の意思を明らかにしていたキャメロンのイギリスを屈辱的な目に遭わせたのだ。

さらに途方もないことに、アメリカによるスパイ行為の問題を使って、アメリカにもぶつかり始めた。冷戦時代以来のアメリカとドイツの諜報活動の複雑な絡み合いを知っている者にとっては、まったく信じがたい。

24-25頁

ドイツは現下の国際的危機において複合的でアンビヴァレントだが、それでも推進力となる役割を演じている。しばしばドイツというネイションは平和的に見える。が、それでいて、ドイツにコントロールされているヨーロッパは攻撃的に見える。あるいはその逆もある。ドイツには今や二つの顔があるわけだ。・・

目下私は容赦のない語り方をしていると自覚しているけれども、今、ヨーロッパはロシアとの戦争に瀬戸際にいるのであって、われわれはもはや礼儀正しく穏やかでいるだけの時間に恵まれていない。言語と文化とアイデンティティにおいてロシア系である人びとがウクライナ東部で攻撃されており、その攻撃はEUの是認と支持と、そしてすでにおそらくは武器でもって実行されている。

ロシアは自国が事実上ドイツとの戦争状態にあることを知っていると思う。

32-33頁

これを読み、2014年の時点でトッドには全部見えていたのだなあとしみじみ思うと同時に(ただし本人も認めているとおり米英の見方は甘かった)分かったことがある。 

私はこの戦争を、米英とロシアの代理戦争だと思っていたが、それだけではなくて、アメリカがロシアをダシにしてドイツを屈服させる‥‥というか、ドイツがロシアと組んでアメリカに対抗してくる可能性を摘みとるための戦争でもあるのだ。

戦争の過程を見ていて、「ドイツも日本と同じようにアメリカの言うなりなんだなあ‥‥」と思うことが多かったのだが、違った。もともと言うなりだったのではなくて、この戦争を通じて踏み絵を踏まされているのだ。

EU委員長のフォン・デア・ライエンはドイツ人。
メルケル政権で一貫して閣僚を務め、一番肝心な時期(2013年12月ー2019年7月)に国防大臣だった人間だ。

彼女がおそらく「ドイツにコントロールされている攻撃的なヨーロッパ」を代表している。米・NATOとEUはもうチキンレースなのか何なのかよく分からない。

一方、ショルツの顔を見ていると、何をされるか分からないのであからさまにアメリカに対立することはできないが、覇権が崩れたときに備えて布石は打っておきたい、というような感じか。

ちょっと前まではドイツが何とかしてくれないかなあ、とか思っていたが、しばらくは何もできないだろう(ようやく分かってきた)。

今のアメリカでは本当に何をされるか分からない。もちろん、日本が刃向かうそぶりを見せた場合も同じだ。

ところで、トッドは日本についても語っている。(2014年8月)

〔米・独の衝突以外の〕もう一つのシナリオは、ロシア・中国・インドが大陸でブロックを成し、欧米・西洋ブロックに対抗するというシナリオだろう。しかし、このユーラシア大陸ブロックは、日本を加えなければ機能しないだろう。このブロックを西洋のテクノロシーのレベルに引き上げることができるのは日本だけだから。

しかし、日本は今後どうするだろうか?今のところ、日本はドイツよりもアメリカに対して忠誠的である。しかしながら、日本は西洋諸国間の昔からの諍いにうんざりするかもしれない。

現在起こっている衝突が日本のロシアとの接近を停止させている。ところが、エネルギー的、軍事的観点から見て、日本にとってロシアとの接近はまったく論理的なのであって、安倍首相が選択した新たな政治方針の重要な要素でもある。ここにアメリカにとってのもう一つのリスクがあり、これもまた、ドイツが最近アグレッシブになったことから派生してきている。

71-72頁

たしかに、安倍元首相はロシアに接近する姿勢を見せた人物だった。

12月11日(日)ロシア国内にドローン攻撃

しばらく前(12月6日頃)にウクライナがロシア国内の軍事基地などにドローン攻撃を仕掛け始めたという報道があり、そんな重大なことをアメリカの支持なしにやることはないだろうと思っていたが、それを裏付ける報道(「アメリカの黙認があった」旨)。

ちょっといい加減にしてほしいと思う(無駄)。

これを受けてのことなのか、ストルテンベルクが、ウクライナの戦況がコントロール不能に陥っていてNATOとロシアの全面戦争もありうる、と発言したとか。

だからやめようという話ではないところがすごい。

12月15日(木)

W杯フランス・モロッコ戦。

どっちが勝っても(というか負けても)パリは暴動だ、と楽しみにしていたが、今のところそういうことはないようだ。 

12月17日(金)再びインファンティーノ、ペルー続報

W杯の決勝でゼレンスキーのビデオ・メッセージを映すというオファーをFIFAが断ったという。

やはりインファンティーノが偉いのではないか?

ペルーは抗議運動が続いて大ごとになっている。南米では連帯の動きも。確かに、南米の左派政権にとってはアメリカからの宣戦布告のように見えるだろう。

新大統領が次の大統領選挙の前倒しを求めているという報道があるが、カスティージョの公職追放解除を言わないと意味がない。引き続き注目。

12月19日(月)国連決議2種

今日のニュースではないが、国連総会の決議

「ナチスの英雄化、さらにはネオナチ、民族差別、人種差別、排他主義、およびこれらに関連した非寛容的態度の悪化を促す全ての現代的形態に対する戦い」と題する決議案が賛成多数で可決(12月16日)。

この決議案は例年、賛成多数で可決されている。

ということなので、日本が毎年核兵器廃絶決議案を出しているのと同じで、ロシアが毎年提出しているものなのだと思う。

内容は、「第二次世界大戦期に行われた人道に対する犯罪、及び戦争犯罪を否定し、大戦結果の改ざん阻を目的とし、法律や教育の分野において各国に人権に関する国際的義務に準ずる形で具体的な措置を講じることを要求するもの」。

今年は「ロシアが特別軍事作戦の正当化への利用を狙っている」ということで日本、ドイツ、イタリアを含む西側諸国が反対した。

国連次席大使によると、旧枢軸国がこの決議案に反対するのは国連誕生以来、初めてだという。

12月14日には「新しい国際経済秩序に向けて」という文書の決議が行われているのだが(これも1974年から毎年決議されているとか)、この二つの決議の結果を見比べると面白い。

まず反ナチ決議。

こっちが「新たな国際経済秩序」。 

これを見ていると、ウクライナ戦争というのは、南北朝の乱とか応仁の乱と一緒で(今ちょっと勉強してるので)、国際社会の深層部で何らかの地殻変動が起きていることを示す現象であって、関係者にとっての勝敗等とは全く無関係に、それが終わると新しい世界が生まれ出ている、というようなものなのかもな、という気がしてくる。

いまW杯の決勝(アルゼンチン VS フランス)を見ながら書いていて、試合が終わったところ。

すばらしいゲームの末のアルゼンチンの勝利。
将来の何かの暗示であるといい。

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戦時下日記

戦時下日記(3) インファンティーノ、ウクライナ破壊、台湾選挙、中国デモ

11月20日(日) インファンティーノ

明日からワールドカップが始まる。

ここに来てヨーロッパの各種機関や個人がカタールの人権侵害がどうのとか言っているのは見苦しい。とくに同性愛が違法な件。そんなのすぐに変えられるはずがない。

インファンティーノのコメントがその雑な感じも含めてとてもカッコよかった。

https://www.liverpoolecho.co.uk/sport/football/football-news/gianni-infantino-speech-world-cup-25556788

西洋人は3000年間謝罪してから説教しろ、というところもよかったが、多分日本語で紹介されていなくて感銘を受けたのは次の部分。

批判は理解できない。私たちがやるべきことは、彼らの役に立つこと、教育に投資をし、よりよい将来と希望をもたらすことだ。私たちはみな自分たち自身を教育するべきなのだ。もちろん多くのことは完全ではない。しかし改革や変化には時間がかかるものだ。

こういう一方的な説教はただの偽善だと思う。なぜ誰も2016年からこれまでの進歩に目を向けないのか分からない。

11月24日(木) ウクライナ破壊

ロシア軍によるウクライナへの攻撃が本気で激しくなっている様子が、私の乏しい情報網からも感じ取れる。それなのに停戦に向けた動きが全く見えない。

その通りなんだろうと思ったスレッド(下に抜粋の翻訳を付ける)。

①今日、ウクライナに残っていた4つの原子力発電所のうちの3つがウクライナのエネルギー網の中核を狙ったロシアの攻撃の結果停止されました。人口300万の都市、キエフの80%は現在電力、水、暖房がありません。では、なぜ交渉が始まらないのでしょうか。

・・

③これらの攻撃は、1年で最も寒い時期に突入しようとしているウクライナにとって、極めて破壊的なものです。重要なインフラ、特にウクライナのエネルギー網の中核を標的とした攻撃は、ウクライナ政府を交渉のテーブルにつかせようとする新しい戦略の一部であるように見えます

・・ 

⑥現地の状況に鑑みると、いまウクライナ政府にできる唯一の合理的な行動はロシア政府との交渉のテーブルにつき、停戦合意の条件を吟味することであるように思えます。何がそれを妨げているのでしょうか?

⑦2つのことがあります。第1に、バイデン政権の強硬な「対ロシア戦争推進派」がまだ決定権を握っている。今月初めに党内の進歩派がごく控えめな言葉遣いで対話路線を提案する書簡を書きましたが、バイデン政権によって1日も立たないうちに潰されました。

⑧そして第2に、ウクライナ政府は完全にナチスに乗っ取られているため、交渉に向けた一歩はどんなものであってもゼレンスキーの最後となる可能性が高い。

ゼレンスキーが自らの意思に反して行動しているといっているわけではありません。単に交渉という選択肢はないというだけです。

⑨ナチの動機がはっきりしているのに対し、アメリカが紛争を長引かせようとする意図は最近になってようやく明らかになってきました:
ーロシアとヨーロッパの間のエネルギー網を恒久的に断絶し、ヨーロッパをアメリカのガスに依存させること、
ーアメリカの新しい戦争テクノロジーをテストする実験場として機能させること。

⑩シリアに対してと同様、アメリカはウクライナを破綻国家に転落させる戦略に満足しているように見えます。戦略が成功すれば、絶望し避難を余儀なくされた大量の人々がヨーロッパに流入し、その巨大な波は今世紀に起きたどんな危機も小さく見せるでしょう。

⑪ウクライナの代理戦争とその影響は、アメリカがその「同盟国」に残す選択肢がどのようなものかを完璧に示しています:完全な服従か、失敗した帝国の崩壊を遅らせようとする哀れな企てにおける安い人質として犠牲に差し出されるかのいずれかです。

11月26日(土)台湾統一地方選挙

台湾の統一地方選挙で民進党が敗北。地方選挙ではあるが、蔡英文自身が「民主主義のための投票」として、中国に対する結束した姿勢を示すよう呼びかけていた。

ペロシの訪台とか台湾の人たちはOKなのか?、と思っていたが、これが答えかも。

11月29日(火)中国デモ

中国のデモについてのニュースがBBCやNHKでも多くなっている。

現在の(とくに若者人口が減り気味の)中国で、コロナ対応程度のことで打倒習近平、打倒共産党政権の動きが出てくるとは考えにくい。

日本の報道は中国のニュースすら英米のソースを垂れ流しているようだ。中国についてはSNSでかなり確からしい情報が手に入るのでありがたい。

扇動しているのはイギリスなのかアメリカなのか知らないが、「これ以上がっかりさせないで‥」という気持ちがつのる。

でもがまん。個人的な願望は受け流し、科学者の目で見つめるのだ。

12月3日(土) 

こうして日記などつけていると、フェイドアウトしていくニュースの存在を意識するようになる。

ノルド・ストリーム2については、スウェーデンが調査結果を報告するとか言っていたような気がしたが、続報はなし。

ポーランドへのミサイルの件も立ち消えた。

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戦時下日記

戦時下日記(11月7日-20日)

11月7日(月)

ノルド・ストリームの続報。

ロシアの対外情報庁長官セルゲイ・ナルイシキン(Sergey Naryshkin)が、トラス元英首相からブリンケン米国務長官へのメール(”It’s done”)を「間接的に」確認したと述べている。この「間接的に」とは、中国の諜報部門経由という意味だろう、というのがKim Dotcom氏の見立て。

ロシアからの報復については「最も懸命なやり方は何もしないこと」と指摘していて深く納得した。

なぜならロシアは勝っているからだ。メディアは報道しないが独立系の軍事専門家たちは、軍備の再増強を経て行われるこの冬の攻撃によってウクライナは倒れるだろうという意見で一致している。アメリカとNATOがどれだけの武器を追加でウクライナ軍に送ったとしても。

となればノルドストリームへの最も効果的な報復は報復しないことだ。誰がやったかはみな知っている。非西側諸国の目にはロシアと中国はますます思慮深く理性的なアクターに見えている。BRICSとその同盟国は支持を獲得する。新たな財政システムを伴う多元的秩序の誕生は不可避に見える。

ロシアは「報復を発表する」とか言いながら結局何もしていないようなので、その説明にもなっている。

11月10日(木)

アメリカのシリア=イラク国境への爆撃で民間人の死者30人。石油を運搬する船とか。

詳しく調べていないが、アメリカはシリアの資源(石油、ガス、小麦)の大半を略奪し続けていると言われているので、その関連か。

11月14日(月)

イスラエルがシリアに爆撃。

11月15日(火)

戦時下日記を書き始めたら「もう新しい秩序が始まっているのだ」という理解がやってきて、早くもやる気が低下していたところに大きなニュース。

13日のイスタンブールでの「テロ」とされる爆発事件(6人死亡、80人以上負傷)。直前にエルドアンがウクライナ戦争に関するアメリカの態度を非難するような発言をしていたので、CIAの関与を推測する声が聞かれたが、「まさかトルコほどの国に対してそれはないんじゃ」と思っていた。

だがしかし、今日のトルコ内務大臣のコメント。

私たちはこの事件がどのように仕組まれたか分かっています。この事件がどこから仕組まれたかも分かっています。この事件が伝えようとしているメッセージを理解しています。私たちはアメリカ大使の哀悼を受け入れません。拒絶します。

https://www.aa.com.tr/en/turkiye/turkiye-does-not-accept-us-condolence-over-istanbul-terrorist-attack-interior-minister-soylu/2737533

ーーー

先週末にロシア軍がヘルソン州の州都ヘルソンから軍を撤退させたニュースがあり、いろいろ総合すると、川向こうの州都ヘルソンに兵を置いておくことには物資の補給などの観点から不安があるのでロシア兵に多数の死者を出さないために(プーチン大統領が一番恐れているのはそれ、という意見に私は納得している)とりあえず一旦引いた、というような話に見える。

それが正しいかどうかはともかく、趣旨がまったく分からない状態で、ロシアが正式に発表して兵を引いた事実を、まるでウクライナの勝利であるかのように報道するBBCやらNHKには驚く。新聞(私が見てるのは中国新聞だけ)にも批判精神はまったく見られない。

でもまあずっとそうだったんだろうな~。
太平洋戦争中の日本の人たちの気持ちが今わかる。

一部の人たちは、ウソであることがはっきり分かっている。
だからといって何ができるわけでないことも分かっている。

それ以外の人たちも、全面的に信じているわけではないが、真実を知ったからってどうなるものでもないから、何となく信じているような顔をして暮らしている。

だから戦後になっていろいろウソだったことが分かり、戦勝国の方針にしたがって教えられ報道される内容がガラリと変わっても(そっちが本当というわけでもないのだが)、「やっぱりそうか」という感じで、全然対応できてしまうのだ。

衝撃を受けるのは生真面目な子供たちだけ、という。

今回、それが日本だけのことではないと分かったのがとにかく収穫だった。

11月16日(水)

ポーランド側の国境地帯にミサイルが着弾と報道。
ウクライナのミサイルである様子。

11月18日(金)

トッドが「ポーランドは要注意」と言っていたのを思い出したが、とりあえずアメリカ・NATOは大ごとになるのを避けようとしているのが感じられる。

しかし、ウクライナ政府は、ウクライナ国内の戦況についてはどんな虚偽・誇張を言っても許されるのに、ウクライナから西に戦線拡大の気配が見られた瞬間にはっきり否定されるという状況をどう感じるのだろうか。

ウクライナはどうなってもいいけど、他はダメ、という明確な意思表示を。

11月19日(土)

2014年のウクライナ東部上空でのマレーシア航空旅客機撃墜の判決。

1994年に発生したエストニア号沈没事件(NATO軍の船との誤衝突が隠蔽された強い疑いがあるという)との類似性を指摘する声を聞いた。

エストニア号の調査に深く関わったスウェーデンはまもなくノルド・ストリームの関連の報告書を出すとか。どういうクレンジングが行われるのか。楽しみ。

今回のもう一つの収穫は、ヨーロッパ各国も相当にアメリカの「ポチ」であるとわかったこと。全然よいことではないけれど、真実を知るのはよいことだ。

11月20日(日)

イスラエルがシリアに今週二度目の爆撃。

しかし(?)アメリカが現在関与している最低最悪の戦争はイエメンなのだという(Scott Horton情報)。ウクライナよりひどいという意味だ。今度調べよう。

広島では葉っぱの大きいモミジをよく見かける。もみじまんじゅうのモミジはこっちなのかも。

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世界を学ぶ

ルーラとBRICSと世界の未来(翻訳記事付)

ブラジル大統領選で勝利したルーラ(愛称を正式の名前に入れ込んだものらしい。だから「ルーラ」でいいと思う)はBRICSの創設メンバーの一人である。

彼の勝利はいわゆる「グローバル・サウス」の人たちに大いなる希望として映っている。ウクライナ危機のおかげで「米国(ドル)のヘゲモニー崩壊→多元的秩序の形成」という道筋が具体的に見えてきて勢い付いているところに、信頼できるリーダーが一人加わるということだから。

BRICSは、当初は成長著しい4ヵ国(ブラジル、ロシア、インド、中国)をまとめて呼ぶための(投資家目線の)名称にすぎなかったが、2009年に本人たちが4ヵ国の首脳会議を開催し、以後「加盟」という概念が成立する公式の国際組織に成長している。

*当初4ヵ国のときは「BRICs」と書いていたが南アフリカが加わって「BRICS」になった。

そのときブラジルの大統領だったのがルーラだ。

これははっきりウクライナ危機の影響だと思うが、今年の7月頃から多くの国が関心を見せはじめ、アルゼンチン、アルジェリア、イランがすでに正式に加盟申請、ほかにサウジアラビア、トルコ、エジプト、アフガニスタン、インドネシアの申請が見込まれ、カザフスタン、ニカラグア、セネガル、タイ、UAEが関心を示しているとされている。

https://www.silkroadbriefing.com/news/2022/11/09/the-new-candidate-countries-for-brics-expansion/

地図にするとこんな感じ。

https://www.silkroadbriefing.com/news/2022/11/09/the-new-candidate-countries-for-brics-expansion/

イムラン・カーンがパキスタンの首相になったら間違いなくパキスタンもこの動きに乗るだろう。ユーラシア大陸の重心が移動していくのがはっきり感じられるではないか。

迂闊に立てた予測が眼前に近づいているようで興奮してしまう..)

ーーー

ルーラについての手頃な記事があったので、翻訳を付けておきます(各項目に要旨も付けました)。

これはラテン・アメリカの話が中心だが、パレスチナ問題などでもその指導力に期待する声が上がっているらしい(https://www.mintpressnews.com/how-lula-da-silva-victory-opportunity-palestine/282720/)。

いろいろ楽しみですね。

 

ルーラの勝利が米国主導の世界を変える4つのルート(Ted Snider)

https://original.antiwar.com/ted_snider/2022/11/01/four-ways-lulas-victory-will-reshape-the-us-led-world/

10月30日、ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ前大統領が再びブラジルの大統領に就任することが決まった。

第一回投票では48%対43%で現職ボルソナロに対して優勢に立ったが、勝利に必要な50%には届かず、二人の候補者の決選投票が行われた。ルーラは50.9%対49.1%でボルソナロを破り、決選投票を制した。

ルーラの勝利はブラジルをはるかに超えた影響を世界に与えるだろう。それは衝撃波となって様々な形でアメリカ主導の世界秩序を揺り動かす可能性がある。

1 ラテンアメリカの統合

ルーラは、メキシコのロペス・オブラドール大統領とともにラテンアメリカを統合に寄与し、ラテンアメリカのアメリカの覇権と干渉からの解放を導いていくだろう。

米国は長い間ラテンアメリカを裏庭と見なしてきた。今年1月のバイデンの演説で裏庭から「アメリカの前庭」に格上げされたが、前庭であれ裏庭であれ、アメリカはほぼ2世紀に渡り、自国の外交政策上の望みを達成するため、あらゆる干渉や暴力を駆使してその庭で遊び続けてきた。地球の西半球における覇権は決して秘密裏のものではなく、つねに公式の政策だった。それは、モンロー・ドクトリンに明記され、セオドア・ルーズベルトによって強化された。

*訳者注:セオドア・ルーズベルトは1940年の年次教書でアメリカはカリブ海地域の安定のために内政干渉(「国際警察力の発動」)を行う責務を負うというモンロー・ドクトリンの新解釈(ローズヴェルト系論と呼ばれる)を提示した。

ラテンアメリカでは現在、メキシコのアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領のリーダーシップの下、ますます多くの国がモンロー・ドクトリン(すなわちこの地域でのアメリカの覇権と干渉)に対し反旗を翻している。ルーラ・ダ・シルバの当選により、ロペス・オブラドールとラテンアメリカ第二の経済大国であるメキシコは、ラテンアメリカ第一の経済大国で最大の政治的影響力を持つブラジルと手を組み、手強いパートナーシップを構築しようとしている。

大統領としての一期目の任期中、ルーラはベネズエラのウゴ・チャベスとともに、ラテンアメリカ統合と地域でのアメリカの覇権に対する抵抗の最初の波を率いた。今回の任期で、ルーラは第二の波を導く力となるだろう。

選挙戦の間、ルーラは、ブラジルは独立した外交政策を確保すると約束した。ラテンアメリカの専門家であるマーク・ワイズブロ(Co-Director of the Center for Economic Policy and Research)は「ルーラは一期目の任期のときと同様に、西半球の経済的統合を積極的に推進するだろう」と筆者に語った。

5月の選挙戦でルーラは西半球統合の重要性を強調し、「ラテンアメリカとの関係を回復する」と約束した後、ラテンアメリカ通貨の創設に言及した。これは無意味な選挙公約ではなかった。SURと呼ばれるルーラのラテンアメリカ通貨のアイデアにはすでにフェルナンド・ハダト前サンパウロ市長やガブリエル・ガリポロ前ファートル銀行頭取が賛意を示している。ルーラはさらにメルコスール・ブロック(ブラジル、アルゼンチン、ベネズエラ、パラグアイ、ウルグアイで構成されていた経済的・政治的ブロック)を再編成するとも述べている。

2 ベネズエラの孤立化政策

ルーラは、ラテンアメリカで進行するベネズエラの再統合の動きを後押しすることでアメリカのベネズエラ孤立化政策を破綻させ、ラテンアメリカの統合を強化していくだろう。

ベネズエラの孤立は、ラテンアメリカにおける米国の外交政策の礎であったが、近時その礎に亀裂が現れつつある。

アルゼンチンはすでにベネズエラとの関係を再構築すると発表しているし、メキシコ、ペルー、ホンジュラス、チリなど、他のラテンアメリカ諸国もベネズエラとの交流を再開している。エクアドルもベネズエラとの国交回復を検討中であり、アルゼンチンのアルベルト・フェルナンデス大統領はすべてのラテンアメリカ諸国に対しベネズエラ政府との関係を見直すよう呼びかけている。

ベネズエラと敵対し孤立させる政策において主要な役割を果たしてきたアメリカの同盟国コロンビアは、つい最近グスタボ・ペトロを大統領に選出したところである。8月9日、コロンビアはベネズエラとの国交を完全に回復させるというペトロの公約を実行し、ベネズエラへの大使の駐在を再開させた。

ブラジルの経済的・政治的な重みが加わることは、一期の任期でルーラがチャベスを支持したときと同様に、ベネズエラの再統合に強い影響を与えるだろう。5月、ルーラはTime誌のインタビューで「米国とEUがグアイドを大統領として承認したときには非常に気を揉んだ。民主主義を弄んではいけない」と述べている。

*訳者注:2019年1月、当時国民議会議長であったグアイドはマドゥロを再選した前年の選挙を無効と主張し、暫定大統領に就任した。

旧ルーラ政権の外務大臣でルーラの外交政策に関する最高顧問であるセルソ・アモリンは、ルーラの当選は「ブラジルが隣国ベネズエラと再度外交関係を築くための扉を開くことになるだろう」と述べている。彼は「ボルソナロとドナルド・トランプ米大統領はベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領との関係を絶つことで何も達成しなかった」と付け加えた。

3 一極体制の世界

ルーラは、世界におけるBRICSの存在感を高め、ブラジルおよびラテンアメリカ地域と中国・ロシアとの関係を強化することで、アメリカの一極支配の対抗軸となっていくだろう。

ロシア、中国、インド、ブラジル、南アフリカをメンバーとするBRICSは、米国の覇権に均衡することを目指す重要な国際組織である。ルーラは一期目の任期中にその創設メンバーとなった。

第二期の政権でもルーラはその仕事の続きを担うと考えられる。ワイズブロットはルーラは「アメリカと中国の双方と良好な関係を保とうとするだろう。以前もそうだった」と私に語った。ルーラは中国との間に経済関係だけでなくより友好な関係を発展させていくつもりだと明言している。

ボルソナロがルーラに変わったことは、世界のBRICSに対する見方に重要なインパクトを与えるかもしれない。

世界を民主主義国家と権威主義国家に二分するバイデンのマニ教的な世界観の中では、BRICSは権威主義のレッテルを貼られるおそれがあった。しかし、ルーラの加入で、それほど単純に片付けることはできなくなるだろう。

ルーラは民主主義の支持者である。公正な選挙で選ばれたリーダーであり、国際的な尊敬も受けている。

一期目のルーラはBRICSに国際情勢の中で重要な役割を担わせることに貢献したが、彼のBRICSへの復帰は再度同じ効果を発揮する可能性がある。

ルーラの選出はBRICSの絆とブラジルの対中国・ロシア関係の両方を強めることになるだろう。

4 ウクライナ

ルーラは、ウクライナ紛争における戦争終結のための交渉を促進する役割を果たせるかもしれない。

ボルソナロ政権下でさえ、ブラジルはアメリカ主導のロシア制裁に加わり国連でアメリカとともにロシアに反対票を投じることに消極的だった。ルーラの下でもアメリカにとって状況が容易になることはないだろう。ルーラは制裁を政治的過ちと見なしている。

アメリカにとってより重要なのは、5月4日のTime誌のインタビューで、ルーラが次のように語っていることである。

「プーチンはウクライナを侵攻するべきではなかったと思う。だがプーチンだけに罪があるわけではない。アメリカとEUにも罪がある。ウクライナ侵攻の理由は何だったのか。NATO?それならアメリカとEUが「ウクライナはNATOに加盟しない」と言えばよかった。それで問題は解決できたはずだ」

続けてルーラはバイデンと彼の外交的解決への努力不足を批判した。

「私はロシアとウクライナの戦争について彼が正しい判断をしたとは思わない。アメリカは強い政治的影響力を持っている。バイデンは煽るかわりに戦争を回避することができたはずだ。彼はもっと対話をし、積極的に関与することができたはずだ。モスクワに飛行機を飛ばしてプーチンと話をすることができたはずだ。それこそがリーダーに期待される態度である。物事が軌道を外れないように介入すること。彼はそれをしなかったと思う。」

ルーラはウクライナ紛争における外交の欠如という状況を変える役割を果たしうるかもしれない。元外交官のセルソ・アモリンは、ルーラは再び世界的な和平交渉における主導的な役割を担うことができると言う。彼は、ルーラの下でブラジルは中立と紛争の平和的解決という政策に復帰するだろうと述べている。

アモリンは、一般論としてBRICSは戦争終結のための交渉の場になりうるし、特にルーラは重要な役割を果たしうると述べる。ルーラはロシアと良好な関係にありロシアに尊敬もされている。アモリンによれば「彼は和平交渉向きの気質と実績を併せ持っている。」「ルーラは交渉に参加することができる諸条件を持っている。EUとアメリカが主導し、もちろん中国も参加する必要がある。新興国と共鳴する国としてプラジルも重要な役割を果たしうるだろう」と彼は言う。「BRICSはその力になる。」

ルーラがブラジルと国際舞台に戻ってきたことは、地域的にも国際的にもアメリカの一極支配へのチャレンジとなるだろう。地域的には、ルーラは地域統合を推進しアメリカの庭(表であれ裏であれ)として扱われることに抵抗する力となりうる。国際的には、ルーラは、BRICSの強化とそのイメージの向上、ラテンアメリカと中国・ロシアとの経済的・政治的関係の継続的改善、そしてウクライナでの戦争終結のための交渉のすべてを推進する力となり得るだろう。

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戦時下日記

戦時下日記(10月26日-11月5日)

ノルドストリーム2爆破のニュースの頃から、「これはもう戦時下だなー」と感じるようになった。そう遠くない将来に自分たちも巻き込まれずにはいないだろう。何かは分からないが、単に物価が上がるとかいうだけでない何かがやってくるだろう。なにしろアメリカがロシアに戦争を仕掛けているのだから。

表立って語られることがあまりにも少ないので、この話を持ち出そうとすると、なんかこう「不都合な真実を暴く!」みたいなノリになってしまいがちなのだが、そういうことではないのです。ただ、みんなで迎えるであろう近未来に関わるこれほど大きな出来事が、みんなの話題として共有されないのはなんか変だし、もったいなくないか?とも思うのだ。

そんなわけで、私自身の備忘も兼ねて、日記という形で、戦争の日々をおしゃべりしてみることにした。私は口数は少ない。だから日記も短いし、日記だから出典なども適当だ(積極的に嘘をつくことはしません)。

自分にとっても、こんなものを読もうと思う奇特などなたかにとっても、日々を心穏やかに過ごす役に立ったらいいと思う。

10月26日(水)までのうろおぼえ

ノルドストリーム2の破壊が報道されたのが9月末。スウェーデンが「機微性が高すぎる」という理由でドイツやデンマークとの調査結果の共有を拒否したというリーク報道があって以来情報が途絶えているので、アメリカが犯人なのだろう。

10月26日(水)

アメリカの民主党員の数人がウクライナ戦争への対処方針の変更(強硬路線からロシアとの対話路線へ)を提案する書簡をバイデンに手渡したという報道が昨日くらいにあって「お、ちょっといいニュースかも?」と思ったが、今日にはもう撤回されていた。理由は「スタッフのミス」。

ロシアが「汚い爆弾」をウクライナが使うおそれがあると言っている。ロシアは何か情報を掴んでいるのだろうと思うが、西側は取り合わないいつものパターン。

公園でウグイスを見かける。春にきれいに鳴いているときにはいくら探しても見えないが、秋冬には平地に出てくるのだそうだ。

10月27日(木)

イスラエルがダマスカス(シリア)を空爆。この一週間で3回目とか。シリアでもイラクでもパレスチナでも戦争は続いているらしい(他にもあるだろう)。

イスラエルは何をしても文句を言われなくてすごい。

10月31日(金) 

週末にロシアが穀物輸出の合意履行を停止するというニュースがあった。黒海艦隊へのテロ攻撃が理由。

黒海艦隊へテロ攻撃、それからノルドストリーム2のときも具体的な実行者はイギリス(背後にはもちろんアメリカ)というのがロシアの見解で、かなりの証拠があるもよう。

ブラジルではルラが勝利。

11月2日(水)

ノルドストリーム2爆破(by 英・米)に対する報復について土曜日にロシアが何か発表するとか。ちょっと楽しみ。

ロシアは穀物輸出の代わりに困っている国々に小麦を提供するとのこと。共同体家族のやり方だ。

中国も同じメンタリティで貧しい国を支援することがある。もちろん国家のやることだから全くの慈善事業ということはないだろうが、主体がロシアや中国だとNHKのアナウンサーが必ず「どういう(裏の)意図があるんでしょうか?」「〇〇の狙いがあるようです」とかいうやり取りをするのはゲスすぎる。教育上よくないのでやめてほしいといつも思う。

11月3日(木)

北朝鮮がやたらとミサイルを飛ばす。しかしそれは米韓日の軍事演習への反応だからやむを得ない。この時勢にアメリカが頻りに軍事演習をしていたら攻撃をおそれるのは当然だ。

この先アメリカの覇権が終わると北朝鮮が一方的に敵視されることもなくなり、それなりに発展していくのだろう。これがよいことでなくて何だろう。

夜にはイムラン・カーン銃撃のニュース。命に別状はないらしい。

銃撃の犯人は即座に誰かに射殺されたとか(実行犯2人のうち1人)。CIAの関与を疑わずにいられない。

パキスタンはいままさに移行期をくぐり抜けようとしているところで要注意、とトッドがどこかで言っていた。アフガニスタンもそうだけど、近代化の過程を目の当たりに見せてもらえるのだ。注目したい。

11月4日(金)

ロシア、穀物輸出の合意に復帰。エルドアンが偉い。

11月5日(土)

イムラン・カーンのニュースをNHKが全然報道しなくて驚く。

ブラジルでルラが勝って、イムラン・カーンは狙われても死なない。もう新しい世界になっているのだ、という気がする。

そう、ここ数日強く感じるのはそれだ。

ウクライナ危機を契機に、アメリカのしてきたことを中心に世界情勢を集中的に勉強し、あまりのことにショックを受けてあたふたとする時期を乗り越えてみたら、何のことはない。

もうすでにアメリカの覇権は終わり、新しい世界が生まれている。

アメリカや西側がそれを受け入れたくなくてジタバタしているだけなのだ。

そう思うと、もう、ただただ楽しみ。

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よくわかるウクライナ危機

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John Pilger アメリカは私たちをロシアとの戦争に引きずりこもうとしている(The Gurdian, Tue 13 May 2014 20.30)

以下は、John Pilger, In Ukraine, the US is dragging us towards war with Russia(The Guardian, Tue 13 May 2014 20:30)の翻訳です。(小見出しを付け、改行を増やしました。)

私たちは西側の犯罪を何も知らない

なぜ私たちは私たちの名の下での第三次世界大戦の脅威を許容するのか。そのリスクを正当化するための嘘の数々をなぜ許すのか。Harold Pinter は書いている。我々が受けている洗脳のスケールは「目覚ましく、洒脱とすらいえる」、その「催眠行為」は「いままさに起きている現実を起きていないものと」と信じさせることに「見事に成功している」。

米国の歴史家 William Blumが毎年公刊している「米国の外交政策に関する記録の要旨・最新版」によれば、1945年以降、米国は50以上の政府(その多くは民主的に選出されたものである)の転覆を企図し、30カ国の選挙に大規模に介入し、30以上の国で民間人を爆撃し、化学兵器や生物学兵器を用い、外国の指導者の暗殺を試みている。

イギリスはその多くのケースで協力者として関わっている。犯罪性はもちろん人的被害の程度も西側ではほとんど知られていない。世界でもっとも進んだ情報通信手段と名目上はもっとも自由なジャーナリズムを誇っているにもかかわらず。

西側によるテロ

最大のテロの被害者―言っておくが「私たちによる」テロである―はいうまでもなくイスラム教徒である。9/11をもたらした極端なジハード主義が、英米の政策遂行のための武器として育成されたものだった(アフガニスタンにおける”Operation Cyclone”)という事実は隠蔽されている。4月、米国政府は、2011年のNATOによる軍事介入の結果「リビアはテロリストの隠れ家となってしまった」と認めた。

「私たちの」敵として指名される者の名前は時を経て変化した。共産主義からイスラム主義へ。しかし総じてその対象は、西側勢力から距離を置く国で、戦略的要衝または天然資源豊富な領土を持つか、あるいは、数は少ないが、米国の覇権にかわる選択肢を提示する国である。

こうした〔米国の覇権にとって〕邪魔な国々の指導者たちは、イランにおける民主派のムハンマド・モサデク、グアテマラのハコボ・アルベンス・グスマン、チリのサルバドール・アレンデのように暴力的に排除されるか、コンゴ民主共和国のパトリス・ルムンバのように殺害されるのが通常である。

そして、彼らはみな、西側メディアによる中傷キャンペーンの被害者となる。フィデル・カストロ、ヒューゴ・チャベスのように。今その真っ只中にあるのはウラジミール・プーチンである。

プーチンを挑発するアメリカ

ウクライナにおけるワシントン〔米国政府〕の役割は、すべての私たちにとって格別な意味を持っている。レーガン以降では初めて、米国が世界を戦争に連れ込もうとしている兆しがあるからだ。

東ヨーロッパとバルカン諸国はいまやNATOの軍事的前衛地であるが、ロシアと国境を接する最後の「緩衝国家」であるウクライナが、米国とEUが解き放ったファシスト勢力によって分断されようとしている。西側の私たちは今、過去にナチスシンパがヒトラーを支援したその国でネオナチを支援しているのである。

2月に民主的に選出されたウクライナ政府を巧みに転覆させた後、米国政府はロシアがクリミアに合法的に建設した不凍港の海軍基地を占拠(seizure)しようとして失敗した。ロシア人たちは100年余りに渡って西側からのあらゆる脅威や侵略に対してしてきたのと同様に自分たちの基地を守り切った。

しかし、米国がウクライナにおけるロシア系住民に対する攻撃を指揮するのに合わせ、NATOの軍事的包囲は加速している。プーチンが挑発に乗ってロシア系住民の救援に乗り出そうものなら、彼に予め与えられた「除け者」(pariah)の役目がNATOによるゲリラ戦争を正当化し、ロシアそのものを巻き込んでいく可能性が高い。

プーチンは挑発には乗るかわりに米国政府およびEUとの和解を探る姿勢を見せ、ウクライナ国境からロシア兵を撤退させ、東ウクライナのロシア系住民に週末に予定されていた問題含みの住民投票の実施を断念させて、戦争を望んでいた連中を混乱させた。

ウクライナの人口の三分の一を占めるロシア語話者(またはロシア語・ウクライナ語のバイリンガル)たちは長い間、ウクライナの民族的多様性を反映し、キエフ(ウクライナ政府)に対する自律性とモスクワ(ロシア政府)からの独立性の両方を担保した民主的な連邦政府の実現を模索してきた。

そのほとんどは西側メディアが言うような「分離派」でもなければ「反乱分子」でもない。ただ祖国で安全に暮らしたいだけの市民たちである。

CIAのテーマパークとなったウクライナ

廃墟となったイラクやアフガニスタンと同様に、ウクライナはCIAのテーマパーク―CIA長官のJohn Brennanが個人的に運営し、CIAとFBIからの何十もの「特別ユニット」が2月のクーデターに反対する人々に対する残忍な攻撃を差配するための「安全保障体制」を構築する―になりつつある。

今月起きたオデッサでの虐殺について、ビデオを見て、目撃者の報告を読んでほしい。バスに乗ってやってきたファシストの殺し屋たちが労働組合本部に火をつけ中にいる41人を殺害する場面、そして警察がただ立ってみている様子を。

現場にいたある医師はこう述べた。「〔人々を助けようとしたが〕ウクライナ政府を支持するナチ過激派に止められました。そのうちの一人に乱暴に突き飛ばされ、私やオデッサのユダヤ人たちもすぐに同じ目に遭う運命だと脅されました。昨日ここで起きたようなことは、私の町では、第二次大戦中のファシスト占領下でも起きたことはありません。私は不思議に思います。なぜ世界中の人々が何も言わずに放置しているのかと」。

プーチンに罪をなすり付ける西側のプロパガンダ

ロシア語話者のウクライナ人たちは生存のために戦っている。プーチンが国境からのロシア兵の撤退を告知したとき、キエフ暫定政府の防衛大臣Andriy Parubiy(ファシスト自由党(the fascist Svoda party)の創立メンバ)は、それでも「暴徒たち」への攻撃は続くと豪語した。西側のプロパガンダは、オーウェル風に、彼らの戦いを、モスクワが「対立と挑発を煽っている」と言い換える(これはWilliam Hague(イギリスの政治家)の発言)。

彼のシニシズムはオデッサの虐殺後のクーデター暫定政府の「すばらしい抑制」を称賛したオバマのグロテスクな祝辞に匹敵する。オバマによれば、暫定政府は「正当に選ばれた」のだ。

ヘンリー・キッシンジャーがかつて述べたように「重要なのは何が真実かではなく、何が真実とみなされるかである」。

米国のメディアではオデッサの惨劇は「混乱」とみなされ、「ナショナリスト」(ネオナチ)が「分離派」(ウクライナの連邦化に関する住民投票を求める署名を集めていた人々)を攻撃した「悲劇」という程度に扱われている。

ルパート・マードックのウォールストリートジャーナルは「多くの死者を出したウクライナの劫火、犯人は反乱分子か(政府)」と決めつけた。

ドイツのプロパガンダは冷戦そのもので、フランクフルターアルゲマイネは読者にロシアの「宣戦布告なしの戦争」への警戒を呼びかけた。

21世紀のヨーロッパにおけるファシズムの復興を非難した唯一の指導者がプーチンであるという事実は、ドイツ人には痛烈な皮肉である。

なぜ許すのか?

9/11の後「世界は変わった」とよく言われる。しかし何が変わったのだろうか。〔ベトナム戦争に関する機密文書を漏洩した〕偉大な内部通報者であるDaniel Ellsbergによれば、ワシントンで静かな政変が起き凶暴な軍事主義が現在の米国政府を支配しているという。ペンタゴン〔国防総省〕は現在「特別作戦」ー要するに秘密の戦争であるーを124ヵ国で展開している。足元では、永続的な戦争状態の歴史的な帰結として貧困が増大し自由が失われようとしている。これに核戦争のリスクが加わった今、問うべきは「なぜ私たちはこれを許すのか」である。

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なぜロシアはいま戦争を始めたのか (翻訳・紹介)

以下は、Ted Snider, Why Russia Went to War Now, April 26. 2022, Antiwar.com の雑な翻訳です。

取材と信頼に足る情報に依拠してコンパクトにまとめられた労作です。

ロシアとウクライナの戦争については、この記事この記事で背景事情に関する調査結果を書きましたが、戦争に至る過程におけるウクライナの動きなどをもうちょっと具体的に知りたいと思っていたところ、この記事に行き当たりました。

ウクライナ、アメリカ、ロシアがどう動いたかがよく分かります。

ご関心の方はぜひご一読ください。

* * *

2019年4月、ウォロディミル・ゼレンスキーは、決選投票で73%の票を獲得して大統領に選出された。選挙公約はロシアとの平和的関係の構築とミンスク合意への署名だった。ミンスク合意は、アメリカが支援した2014年の政変〔ユーロマイダン革命〕の後、住民投票で独立派が勝利したドネツク州とルガンスク州(ドンバス)の2州に自治権を約束するものだった。

しかし、平和構築のための重大な責務を引き受けたにもかかわらず、ゼレンスキーはロシアとの外交交渉路線を放棄せざるを得なかった。「もしプーチンとの交渉路線を続けるなら‥‥〔殺す〕」と極右勢力から脅迫を受けたためである(以上は、Stephen Cohen教授(Professor Emeritus of Politics and director of Russian Studies at Princeton)の2019年の発言による)。極右勢力は僅かな支持にかかわらず多大な権力を振るっていた。こうした圧力の下、ゼレンスキーは、「ナショナリストに挫折を強いられた」のだと、Richard Sakwa教授(Professor of Russian and European Politics at Kent)は筆者に語った。選挙公約に反し、ゼレンスキーは、ドンバスの州知事たちとの交渉およびミンスク合意の履行を拒否した。

ゼレンスキーが〔極右の脅迫にもかかわらず〕選挙公約の路線を維持するためにはアメリカからの支持が不可欠であったが、アメリカは彼を公約路線に押し戻すための助力を一切提供せず、平和路線からの離反を決定づけた。Sakwa教授によれば、「ミンスク合意に関して言えば、アメリカもEUも、キエフ〔ウクライナ政府〕に対して合意の履行を真剣に働きかけることはなかった」。Anatol Lieven(senior research fellow on Russia and Europe at the Quency Institute for Responsible Statecraft)も「彼らは、ウクライナに合意を履行させる努力を一切行わなかった」と述べている。

ミンスク合意に描かれた外交的道筋からの離反を余儀なくされ、復帰のための助力も圧力も得られなかったゼレンスキーは、極右勢力に屈し、選挙公約と正反対に、クリミアの奪還・再統合を目指し、そのためには武力行使も辞さないとするクリミア・プラットフォームCrimea Platform)を樹立する法令を制定した。第一回のクリミア・プラットフォームサミット会合には、全てのNATO加盟国が参加した

ゼレンスキーはロシアとの戦争の用意があると威嚇し、Sakwa教授によれば、ウクライナは10万の兵力とドローンミサイルをドンバスに接する東の国境沿いに集めた。これは、2022年にロシアがドンバスに接する西側国境沿いの兵力増強を行う前のことである。モスクワはこれを、ウクライナが7年来の内戦をエスカレートさせ、ロシア系住民が多数を占めるドンバス地域を大規模に侵略することを知らせる「真の警鐘」と受け取った。

ちょうどこの頃、2022年2月、ウクライナによるドンバス地域への砲撃回数が劇的に増加し、警鐘はさらに高まった(砲撃の増加はOSCE(欧州安全保障協力機構)の国境監視ミッションによって確認されている)。Sakwa教授は、停戦合意違反のほとんどはウクライナのドンバス側での爆撃によるものだと筆者に語った。国連のデータによると、民間人を犠牲者とする被害の81.4%は、「自称「共和国」」(”self-proclaimed ’republics’” 〔ドネツクとルガンスクのこと〕)で起きていた。ロシアはウクライナが予告していた軍事作戦が開始されたと考えた。

ゼレンスキーはドンバスの州知事たちとの協議に応じず、ミンスク合意は死に体となった。ロシアはドンバス地域のロシア系住民に対する軍事行動を恐れた。同じ頃、ワシントンはウクライナを武器で溢れさせることを約束する武器供給網となり、かつ、NATOへの扉を開いた。どちらもプーチンが超えてはならない一線であることを明確にしていた行為である。

この戦争の1年前、アメリカはウクライナに4億円の防衛援助を行なっていた。バイデンは「新たな戦略的防衛フレームワーク」に言及、「防衛援助」に、新たに初のleathal weapons(核兵器?)を含む6000万円分のパッケージを追加することを約束した。

ウクライナをleathal weaponsを含む武器で溢れさせる一方、アメリカとNATOは、ウクライナのNATO不加盟を約束することを拒んだ。バイデンとの会合の席で、ゼレンスキーはまたしても「バイデン大統領と、この席で、ウクライナのNATO加盟のチャンスとそのスケジュールに関する大統領及び合衆国政府のヴィジョンについて議論したい」と述べた。バイデンはあからさまな間接表現で「ウクライナのヨーロッパ―北大西洋願望への支持」を表明し、アメリカのウクライナへの支持は「完全にヨーロッパと一体の動きとなる」と述べた。2021年10月、アメリカ合衆国国防長官ロイド・オースティンは再びウクライナに対する「NATOの扉は開いていると強調」した。

11月、アメリカは、ウクライナのNATO加盟に必要な〔防衛力〕刷新の援助のためのUS-ウクライナ戦略的パートナーシップ憲章に署名した。当該文書には、アメリカとウクライナは2008年のブカレストサミット宣言を指針とする旨の記載がある。2008年のブカレストにおいて、アメリカとNATOはウクライナがいずれNATOのメンバーになることを保証した。「NATOはウクライナおよびグルジアのNATO加盟に向けたヨーロッパ-北大西洋願望を歓迎する。われわれは今日、この両国が将来NATOのメンバーとなることに合意する。」

10年を優に超える期間を通じて、プーチンはNATOのウクライナへの拡大を超えてはならない一線として警告し続けてきた。今、ウクライナがドアを叩き、アメリカとNATOは勧誘の手を伸ばし続け、扉を閉めて施錠することを拒絶し続ける中、外交上の譲歩を余儀なくされたプーチンは、アメリカに相互防衛保証(mutual security guarantees)の提案を持ちかけ、直ちに交渉に応じるよう依頼した。

ワシントンは武器のコントロールに一定の柔軟性を示す一方で、「アメリカ合衆国は、ウクライナ領内における攻撃的地上発射ミサイルシステムおよび常設軍の配備の差し控えに関し、アメリカ合衆国とロシアの双方による条件ベースの互恵的で透明性のある手段および互恵的関与に関し、喜んで話し合う準備がある」と答えた。要するに、ウクライナのNATO加盟の可能性が開かれていることについては、議論の余地をキッパリと否定したのである。アメリカの反応は非妥協的で、「アメリカ合衆国はNATOの開放政策を固く支持する」という強固な立場を繰り返した。

ロシアは協議を持ちかけ、アメリカは応じようとしない。実際、アメリカに交渉に応じる意思は全くなかった。合衆国国務長官アントニー・ブリンケンの顧問であるDerek Cholletは最近NATOのウクライナへの拡大方針に関する交渉は一度も検討課題とならなかったことを認めた。

NATOのウクライナさらにはロシア国境への拡大という目の前の脅威に関するアメリカとの協議が実現する見込みはない。ウクライナは扉を叩き続け、アメリカは開放方針を堅持する。アメリカにとっては、ロシアとの交渉は検討課題ですらない。こうなれば協議は終了である。ウクライナはクリミアとドンバスを取り戻すと公言している。彼らは交渉を拒否しており、いまや国境に大量の兵力が集められた上、砲撃回数は恐ろしいほどに増加していた。ロシアはドンバス侵攻とロシア系住民に対する作戦が今すぐにも開始されることを恐れた。

ロシアがウクライナ侵略を決めた瞬間である。これらの事情は侵略を法的に正当化するものでも、倫理的に正当化するものでもない。しかし10年以上にわたる警告ののち、ロシアがなぜいま戦争を選んだのかの説明にはなるだろう。